スタインベック『怒りの葡萄』 — 1930s大恐慌・移民労働者のデニム
カルチャー・サブカル · 2026-05-19 · 約2,100字 · 約4分
目次 (5)
- 1939年・オクラホマからカリフォルニアへ
- ジョード一家のデニムとオーバーオール
- 「不良」になる前のジーンズ
- 文学が衣服に階級を刻むこと
- 1939年から2026年への射程
小説とデニムシリーズの2本目です。前回のケルアック『オン・ザ・ロード』(1957)が「ビート世代の禁欲の制服」だとすると、その18年前のスタインベック『怒りの葡萄』(1939)は、もっと以前——ジーンズが本来の「労働者の制服」だった時代——を記録した小説です。1955年のジェームズ・ディーンが「反抗の制服」として501を提示するより前、デニムが何を意味していたのかを、文学資料から逆算してみます。
1939年・オクラホマからカリフォルニアへ
『怒りの葡萄』の舞台は1930年代後半のアメリカ。大恐慌(1929年〜)の余波が続く中、中西部の大平原ではダストボウル(大砂塵)による農地壊滅が起きていました。表土が砂塵嵐で失われ、銀行は農場を差し押さえ、トラクターが小作農の家を物理的に押し潰していく。
オクラホマの貧農ジョード一家——祖父母、両親、息子トムを含む大人数の三世代家族——は、農地を失い、家を失い、わずかな家財をトラックに積み込んでカリフォルニアの果樹園労働を目指して西進します。ルート66を辿る数千キロの旅。途中で祖父母が亡くなり、子どもが生まれ、家族が解体され、辿り着いた西海岸では想像とは違う過酷な労働環境と差別が待っている——という、ほぼ救いのない物語です。
スタインベックがこの小説を書いた1938年〜39年は、実際にカリフォルニアで移民労働者の取材を続けていた時期と重なります。本作は「想像で書かれた小説」というより、「目撃された現実をフィクションの形で記録した」性格が強い。当時の移民労働者の生活描写は、衣服の細部に至るまで、ほぼ一次資料の精度で書かれていると言ってよさそうです。
怒りの葡萄(上) (新潮文庫・伏見威蕃 新訳版)
ジョン・スタインベック著・伏見威蕃訳。1939年原著の代表的邦訳。1930年代アメリカの大恐慌・ダストボウル・移民労働者の生活を、現代の日本語で体感できる。本記事の前提となるジョード一家のデニム・オーバーオール・革ブーツという衣服描写は、訳者の選んだリズムで読むと一層解像度が上がる。
ジョード一家のデニムとオーバーオール
スタインベックの本作における衣服描写は、ファッションとしてのこだわりとはほぼ無縁です。ジョード一家の男たちは、オーバーオール(オーバーロール、つなぎ)、デニムシャツ、麦わら帽子、革のブーツ——基本的にこの組み合わせを着続けて旅をします。女たちはコットンのワンピースとエプロン、革のブーツ。子どもは大人のお下がりを縫い直したもの。
ここで興味深いのは、彼らが穿いているデニムがファッション選択ではないということです。1930年代のアメリカ農村部・労働者階級にとって、デニムは「選んで着る服」ではなく「それしかない服」。耐久性と価格と入手しやすさで自動的に選ばれる素材で、おしゃれの観点は完全に圏外にあります。
これは1955年のディーン的「不良のおしゃれとしての501」、1969年のヒッピー的「反体制のおしゃれとしての501」、1957年のビート的「禁欲のおしゃれとしての501」と決定的に違う構造です。ジョード一家にとって、デニムは選択でも記号でもなく、生活の物理的条件そのものでした。
(編集部内で「これって今の途上国の労働者と同じ構造だよね」「現代のヴィンテージレプリカファンが30,000円で買うリジッドが、80年前の貧農の労働着だったというのは、考えると不思議な転倒」「衣服の意味は時代と階級で完全に反転することがある」と話し合って、結局このパラドックスは整理しきれない、というところで終わりました。これも例によって、結論なしです)
「不良」になる前のジーンズ
ジェームズ・ディーンが1955年に501を『不良の制服』として提示した時、彼が穿いていたジーンズは、それ以前の数十年間、ジョード一家のような労働者が穿いていたのと物理的にはほぼ同じ製品でした。リーバイス501XX、リジッド、デニム生地、5ポケット、リベット。違うのは、それを穿いている人の社会的階級と、それに伴う「意味の貼り付け方」だけです。
ディーンの501が「反抗」を意味できたのは、その時点で501が「労働者の服=自分の階級ではない服」を表象していたからです。中産階級の若者が労働者の服をあえて選ぶ、という階級横断の身振りに、反抗の記号としての効力があった。
ということは、1939年のジョード一家のデニムがあったからこそ、1955年のディーンの501が成立した、という時系列の関係になります。労働者階級の制服があったから、その後の世代が「労働者の制服を流用する」という記号操作を発明できた。「反抗のおしゃれ」「自由の制服」「禁欲の制服」「友情の媒介物」——これら戦後の意味の層は、すべて1930年代までの「労働者の現実」が前提になっていた、と言えそうです。
(編集部内で「これってもっとデニムの起源(1873年のリーバイス特許)まで遡るべきでは」「いや、それは記事を分けたほうがいい」「サブカル軸じゃなくて産業史軸の話になる」と整理されて、本記事ではここまでに収めます)
戦後アメリカン・カルチャーが「労働者の制服」をどう若者の象徴に流用していったかの全体構図は、引き続きW.デーヴィッド・マークス『AMETORA』が参考になります。1930年代の労働着としてのデニム→1950年代の若者の反抗の制服→1960年代の世界共通の若者制服→1980年代以降の日本での「労働者の制服」としての復刻、という意味の往復運動が、一冊で見渡せます。
AMETORA(アメトラ) — 日本がアメリカンスタイルを救った物語
W.デーヴィッド・マークス著。本記事「1930s労働着→1950s反抗の制服→……→日本での復刻」という意味の往復運動を、より広いアメカジ受容史の中で位置づけ直せる1冊。スタインベック的な労働者のデニム文化が、戦後アメリカで反転し、80年代日本でさらに別の形で復刻される連鎖を把握できる。
文学が衣服に階級を刻むこと
『怒りの葡萄』が文学史的に重要なのは、貧困と差別の物語であると同時に、衣服を通じて階級を可視化した小説でもあるからです。スタインベックは、ジョード一家のオーバーオールと、彼らが旅の途中で出会う中産階級の人々のシャツ・ネクタイを、対比的に描写することで、当時のアメリカ社会の階層構造を読者の脳内に物理的なイメージとして焼き付けます。
これは映画が視覚的に一瞬で衣装の階級記号を伝えるのとは別の、文学固有の遅効性です。小説の中で何百回も繰り返される「オーバーオール」「色褪せたデニムシャツ」「擦り切れた革ブーツ」という語が、読者の中で「労働者階級の制服」というイメージを定着させていく。1939年の出版直後にこの小説を読んだアメリカ人読者の脳内には、それまで以上に明確な「デニムの階級的位置」が刻まれたはずです。
そして、この明確化がなければ、後の1955年のディーン的な「階級横断の記号操作」は意味を持たなかった可能性が高い。スタインベックの労働者描写があったからこそ、ディーンの「労働者の服を中産階級の若者が穿く」という記号反転が、観客に伝わる文化的土壌ができていたわけです。
1939年から2026年への射程
1939年に出版された『怒りの葡萄』のジョード一家のデニムから、2026年のいま私たちが穿いているリジッドのジーンズまで、約87年。この87年間にデニムは:
- 1930s: 労働者の階級的制服
- 1950s: 若者の反抗の制服
- 1957: ビート世代の禁欲の制服
- 1969: ヒッピーの自由の制服
- 1994: タランティーノ的『普通さの記号』
- 2005: 友情を媒介する物体
- 2020s: 復刻リジッド・ヴィンテージレプリカ・3,000円ファストファッション・の同時並存
——という、めまぐるしい意味の更新を経てきました。そのスタート地点が、オクラホマの砂塵の中でカリフォルニアを目指したジョード一家のオーバーオールだった、というのは、デニム文化史を語るときに必ず立ち戻りたい原点だと思います。
今あなたが穿いているそのジーンズには、ジョード一家の80年分の旅が、薄く折り重なっているかもしれない——本記事も例によって、半分くらいは本気でそう思っています。
この作品を、別角度で楽しむ
スタインベックの文章を手元に置いて、1930年代の労働者の生活と衣服を直接確認してみるのも、デニム文化史の出発点として有効な読み方です。
大恐慌の現実をジョード一家の目線で辿ることで、「ジーンズが何の意味も持たなかった時代」の質感が掴めるかもしれません。
主な参照
- ジョン・スタインベック『怒りの葡萄』(伏見威蕃訳・新潮文庫)
- W.デーヴィッド・マークス『AMETORA — 日本がアメリカンスタイルを救った物語』DU BOOKS
- Robert DeMott (ed.), Working Days: The Journals of The Grapes of Wrath (スタインベックの執筆日記)
- Dorothea Lange の1930s移民労働者写真資料
- Library of Congress, Farm Security Administration 写真コレクション
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